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2007年07月30日

参議院選挙

 朝からどんよりと暗い空、雨が雷を伴って降っています。今日一日荒れ模様の雨天だと、予報は言っています。参議院選挙が終わり、 自民党が大敗という結果でした。民主党は60議席を得て、参議院の第一党になり議長を獲得。与野党の勢力は与党105、 野党137という結果でした。年金問題が最大の判断材料となった事は、皆さんごらんのとおりで、事前の予測のとおりとも云えます。 加えて、 自民党閣僚の不祥事、増税論議を含めて、生活に対する不安、政府不信が自民への逆風になったということですね。

 選挙は、与党に厳しい結果ですが、その前後の報道を見ると、「今までは自民党に入れていたのだが、今回ばかりは他の党に入れた」 という人が多かったと思います。自民党が襟を正して糺すべき所を処理して、体制を立て直せば、また国政運営を任せたい、 ということなのでしょうか。あるいは、これが「二大政党による政治体制」につながる動きになるかどうか。過去にも、 このような機会があったのに、野党が体制を作れず、結局自民政権が続いたのですが。

 議員それぞれの考え方や行動が、党派によってそんなに違うとは思いにくい。組織内で、問題が起こったときにきちんと対処できる、 間違いのない判断が出来るかどうかで、いざというときを乗り切る事ができるのではないでしょうか。右から左まで様々な人がいる政党でも、 自由に発言し、また、人の意見を聞く体勢がなければ、組織は腐っていると云うことではないでしょうか。 一人の絶対者が支配する組織が政治を牛耳っていては、住民は不幸になるばかりです。

投稿者 ranran : 16:49 | コメント (0)

2007年07月19日

生産の危機管理

16日の中越沖地震には、本当に驚きました。長野県内にも被害がありました。改めてお見舞いを申し上げます。柏崎市の被災の様子が、 その後次々にTV映像で報道されていますが、砂地の地盤と活断層の様子など、今後の対策も大変なことと思います。復旧を急ぐと共に、 耐震対策、災害時への備えを、常に見直しながら、立てていくことが必要ですね。

 一方、産業の備えに、大きな問題がクローズアップされました。自動車部品工場が被災して生産できなくなったため、 自動車メーカーのほぼ全部に、生産停止などの影響が出るということです。これは、生産の面からの、 危機管理に通じることではないかと思います。企業はコスト削減のため、部品などの在庫を減らし、部品の発注先も、 技術的な問題もあるでしょうが、少数の特別なメーカーに集中しているということです。このため、部品の入荷がなければ、 すぐに生産ラインが止まってしまうということになる。

 他の産業でも、同じ状況が考えられるでしょうね。私たちの生活にしても、24時間営業のスーパーやコンビニがあるから、 食料の買いだめも必要ないという今の時代ですが、いったん災害などが起きて、買い物に行けなくなったら、 あるいは近所の店に商品の入荷が無くなったら、そんな事もあり得ます。食料のことを言い始めれば、自給率が40%程度しかない日本では、 何時パニックを起こすような事態が起こらないとも限らない。そんなことまで思わせるような事態でした。 今後も在庫確保や発注先の分散などが進むのか、コスト一点張りで企業の合理化、効率化を進めて良いのかという疑問を持ちます。

 災害でなくとも、経済の変動、物価の値上がりなど、生活や生産部門での危機管理は、 極端な合理化の中ではどうしても切り捨てられる部分になりがち。この社会にとって、 私たちの暮らしにとって必要なものが気が付いたら無くなっていた、ということが無いように、態勢を作るのが、政治のしごとでもあります。 折から参議院の選挙中ですが、次々とあらわになる不祥事や、それを一方的に攻撃するばかりでなく、 どうしたら落ち着いて信頼できる態勢を作れるかを、話したいものです。

投稿者 ranran : 22:10 | コメント (0)

2007年07月12日

中国との藤村文学賞

 小諸市が中国南京大学との間で「藤村文学賞」を設けてから20年になります。今年の受賞者らが、このほど小諸市を訪れ、 小諸市日中友好協会が、その受け入れをお膳立てしました。会員の家で、学生のホームステイを引き受けることになり、我が家にも、 大学3年生の女性が投宿しています。受賞者の半分は日本語学科の3,4年生ですが、半分は大学院生です。日本語や日本への留学の意欲も、 相当に高いようです。我が家に投宿している学生も、将来は大学院へ進んで研究を続けるか、あるいは就職するか、 まだ決めていないということです。

 中国は自由化が進み、学生の研究も大学の研究テーマも、10数年前とは様変わりしているようです。当時、大学の先生といえども、 政府の決めた方針で研究テーマが与えられ、自分の好き勝手はできなかった、と、関係の教授から聞きました。今の学生たちは、企業に入るか、 大学に残って研究するか、ある程度は自分の選択ができると言うことでしょうか。変革と、中国という国の底力を感じます。今でも、 学生たちの勉強の意欲、勤勉さは、日本の大学生よりも勝っているように思えます。真面目で勤勉な(全部がそうではないかも知れませんが) 彼らに、拍手を送りました。

 一方、小諸の看護学校に来て看護婦になる勉強をしているという中国の女性たちとも逢いました。まず日本語を学び、 更に看護学を学んで、将来も日本で働きたい、というのです。労働力の移入制度とは別に、実際に変化が進んでいる事を、 目の当たりにしています。彼女たちが看護師として働いてくれる事はうれしい限りですが、さてこの町の、あるいはこの地域の、 この国の若者たちの働く場、働く仕事は、どうなるのだろうかという、不安も別の部分で出てきます。 グローバル化の際どい面ということでしょうか。

 

投稿者 ranran : 23:19 | コメント (0)

2007年07月03日

「仕方ない」辞任

 グミの話にコメントくださった花へんろさん、有り難うございました。食糧事情が悪化したら、というような心配は、どうしても、 忘れるわけにはいきません。戦中戦後育ちの私たちの世代には、特にトラウマのように引きずっている課題ではないでしょうか。 これから豪州との自由貿易交渉が始まるということもあります。小麦、乳製品、牛肉、いずれも私たちの生活に大きな影響を及ぼすものです。

 さて、防衛大臣が、長崎の核投下を「仕方なかった」と言ったことを発端に、辞任に追い込まれました。戦争とその前後の歴史、 政治的な問題は、いろんな形で取り上げられ、否応なしに私たちも、「自分の考え」「自分の判断」を、求められることがあります。 歴史の解釈や事実の認識には、必ずしも定型というものは無いかも知れません。何が正しいのか、立場によっても国や地域の事情によっても、 「正義」そのものが、対立してしまうのに、唖然としてしまいます。

 でも、これだけは確かです。「近代戦争は限りなく破壊と被害を拡大してきたが、それは改めるべきだ」 「無差別に一般人を殺すような戦争のやり方は許されない」「核の使用は、人類および地球的生命に反するものだ」私はそう考えています。 様々な理由付けや解釈がありますが、こういう見地から、核を戦争の手段として使うことには絶対反対です。 戦争そのものを否定することについては、また次の議論が必要でしょう。

 多方面からの批判を浴びて辞任を余儀なくされた久間防衛大臣ですが、後任の大臣には、小池百合子議員が選ばれました。 初めての女性防衛大臣となります。日本の進む道は、これからどこに向かうのか、見つめていきましょう。

投稿者 ranran : 22:57 | コメント (1)

2007年07月01日

茱萸

 夏茱萸の季節である。子供のころ、その鮮やかな実の色を、羨望をもって見ていた。緑の葉の中に揺れている赤や黄色の長円型の実。 食べてみれば渋みと酸っぱさは茱萸そのものだが、怪しいほど美しかった。茱萸と似た実をつける「サンシュユ」という木がある。 我が家の庭で春先に黄色い花を咲かせる木で「山茱萸」と書くそうだ。秋、夏茱萸と似た真っ赤な実が一杯になり、これも鮮やかなものだ。 薬用になる実だそうだが、人は食べない。ヒヨドリなどが来てついばんでいる。茱萸はグミ科グミ属で、山茱萸はミズキ科の木だ。

 茱萸といえば、アキグミ。薄の穂が一面銀色になびく10月ころ、子供だった私は父と一緒に蜂蜜を買いに開拓地の知り合いを訪ねた。 農作業が一段落した秋に、蜂蜜を絞ったのだろうか。家にお邪魔して、熱い蜂蜜を紅茶のカップで頂くのは至福の味わいだった。 その行き帰りにアキグミの群生地があった。当時は野生の果物(?)は子供には貴重な甘味源であり、 食べられる実のなる木がどこにあるか知るのも、子供の経験から得た知恵だった。当然私も、酸っぱくて渋いその実を採って食べた。 以来アキグミに対する愛着は消えない。採って食べるという経験が、子供の食物嗜好や味覚を作るのではないかと思う。

 正直言っていま食べても美味しいものではない。今時の子供たちは、こんな酸っぱくて渋いものには見向きもしない。 アケビや桑の実のように甘いものでも、ほとんど採って食べない。櫟の実、バラ莓、小梨、夏ハゼの実、ヤマブドウなんて、 食べられるものと認識していない。先日、庭の房スグリの実が赤くなったのを、しばらくぶりで食べた。子供の頃に味わった豊かな思い出とは、 大分違う。思い入れを差し引いても当時の味にはほど遠い。もっと甘く刺激的な味に圧倒されてしまったのだろう。 自然のままの味が一番良いと言う気はさらに無いが、自然の恵みを見分ける力を、失いたくないと思った次第である。とはいえ、 こんなものを食べて生き延びる世の中であって欲しくはないが。

投稿者 ranran : 23:08 | コメント (2)